LOGIN「やるぞ……、やったるぞぉぉぉ!」
月を見つめ、武者震いするタケル……。すると、若い女の子の声がする。
「あのぅ……、それ、何ですか?」
金髪の少女が碧い瞳をクリっと輝かせながら、好奇心いっぱいに声をかけてきたのだ。指さす先にはテトリスがピコピコと動いている。
「あ、これは……ゲーム、ゲーム機です。やってみますか?」
挙動不審だった自分が恥ずかしくて真っ赤になったタケルは、テトリスマシンを差し出した。
「ゲーム?」
小首をかしげる少女。薄手のリネンのシャツと、その上に重ねられた装飾的なボディスが、彼女の上品な雰囲気を演出していた。かなり裕福な家の娘に違いない。
タケルは少女の澄んだ碧い瞳に見つめられて、ほほを赤らめながら丁寧に説明していった。
「ここを押すと右、ここで左、これで回転ですね……」
「はぁ……?」
少女は押すたびにチョコチョコとブロックが動くのを見て、不思議そうに首をかしげた。
「で、ここを押すと……」
タケルがブロックを隙間に落とすとピカピカと光って列が消える。
「うわぁ! 面白い!」
少女は碧眼をキラッと輝かせて嬉しそうに笑った。
「簡単でしょ?」
「うん! やらせて!」
少女は受け取ると、好奇心いっぱいの瞳で画面を見つめ、ブロックを操作していく。
最初は下手だった少女も段々慣れてきて、うまく列を消せるようになってくる。
「やったぁ! 四列消しよっ!」
少女は自慢げにタケルを見て、パアッと笑顔を輝かせた。
「上手ですね、僕より上手いかも」
タケルは喜んでくれるのが嬉しくて、ニコニコしながら少女の横顔を見入る。不器用なタケルは、前世でも女の子に喜んでもらった経験などなかったのだ。
ものすごい集中力でブロックを消し続ける少女。
「よーし……こうして……。ああっ! ダメ! ダメだって! あぁぁぁぁ……」
徐々に速度が上がってゲームオーバーになってしまったが、少女は初めてやったゲームに完全に魅了され、恍惚とした表情でタケルを見た。
「これ……、売ってくれませんか?」
「はっ?」
「金貨一枚……いや三枚までなら出します!」
少女はググっとタケルに詰め寄った。
「金貨三枚!?」
「少ないですか? 五枚でどうですか?」
金貨五枚と言えば日本円にしたら五十万円。テトリスマシンに五十万は破格だった。
「ま、待ってください。これは試作品なので、ちゃんとした商品でお渡しします。その時買ってください」
タケルは焦る。街灯を勝手に改造したものなど売ったら犯罪なのだ。
「分かりました。私はアバロン商会のクレア。できたら商会にまで持ってきてくださる?」
クレアは嬉しそうにタケルの顔をのぞきこんだ。アバロン商会と言えば有名な大企業である。彼女はいわば会長令嬢ということだろう。見れば向こうの方でボディーガードが二人、目立たないようにしながらクレアを見守っているではないか。
タケルは冷汗を浮かべながら思わずゴクリと息をのむ。
「わ、分かりました。明日にでもお持ちしますので契約書を……」
「け、契約書……?」
クレアは眉をひそめた。
タケルはまた余計なことを言ってしまったとギュッと目を閉じた。少女と契約書を結ぶことにどれほどの意味があるだろうか? お金の絡む話はキッチリしないと気持ちが悪いとは思いつつも、さっき、契約書が全く意味がなかったばかりなのだ。
「だ、大丈夫です! 明日持っていきます」
タケルは急いで言い直す。
「私は嘘なんてつかないわ。約束は守るの。信じて下さらない?」
クレアはタケルの手をギュッと握った。その碧い瞳は街灯にキラキラと輝いている。
その柔らかな手の暖かさにタケルはドキッとした。ずっと年下の女の子にこんなことを言わせてしまったことに、タケルは湧き上がる嫌悪感を止められなかった。もう、契約とかにこだわるのは卒業すべきなのだ。
「し、信じます! ごめんね……」
タケルは恥ずかしそうに頭を下げた。
「明日ですね、絶対ですよ?」
クレアは澄み通る碧眼でタケルの顔をのぞきこむ。
「任せてください!」
タケルは満面に笑みを浮かべてこぶしで胸を叩いた。初めてのビッグな商談、しっかりといいものを買って喜んでもらうのだ。
自分のIT技術で今までにない商品を創り、それが莫大な富を生む。タケルはいきなり訪れた破格のチャンスに胸が高鳴っていた。
◇ 翌朝、開店を待って魔道具屋から魔法のランプを十個買い付けると、【IT】スキルを使ってテトリスを書き込んでいく。テトリスはハイスコア機能をつけて、名前とハイスコアが表示されるようにしておいた。こうしておけば競争もできていいに違いない。
また、ランプのプレートそのままではうまく持てないし、すぐにも割れてしまいそうである。そこで、木製の小さな額縁を買ってきてプレートを埋め込んだ。
これで、魔石の魔力が続く限り動き続けるハンディ・テトリス機の完成である。
「ヨシ! まずはゲーム機で起業資金を稼ぐぞぉ!」
タケルは動作確認をしながら興奮して叫ぶ。ゲームという概念のないこの世界にいきなりテトリスが現れるのだ。きっと爆発的にヒットするだろう。
十台全部テトリスマシンに魔改造したタケルは、バッグに詰め込むと意気揚々と宿屋を後にする。さんさんと輝く太陽がタケルの門出を祝っているようで、タケルは両手を広げて幸せそうに大きく息を吸い込んだ。
次の日、いよいよ本社ビル【Orangeタワー】の建設に着手する。基本は城壁と同じで土魔法で柱と壁を生やしていき、そこに適宜床を張って、穴を開けて、窓やパイプや通路を作っていくというものだった。「さーて、Orangeタワーはこちらに建てますよ!」 タケルは見晴らしの良い丘陵の建設予定地に立ち、両手を掲げた。「おぉ、良いですねぇ!」 ゴーレムに真っさらに整地してもらった予定地が、クレアには夢の詰まった魔法の土地に見えた。 すでにゴーレムが白い石のプレートを敷き始めている。それは一枚が畳サイズの大きなもので。厚みも城壁の時より何倍も厚かった。 その百キロは超える重量級のプレートを、ゴーレムは設計図通りに丁寧に一枚ずつ綺麗に並べていく。それはやがて長さ百五十メートルのラインとなり、それが七メートルおきに十本描かれたアートを大地に描いた。「縞模様……、ですか?」 柱を作るのだと思っていたクレアは壁が並ぶだけの設計に首を捻る。「まぁ確かにこのままだと倒れちゃうかもだから……」 そう言うと、タケルは長細いプレートで縞模様の間を何箇所か繋いでいった。「さぁて、どうなるかなぁ?」 タケルはニヤッと笑うと青いウィンドウを開き、一気に全てのプレートに魔法陣を浮かび上がらせた。その鮮やかな黄色の輝きは眩しいまでに辺りを光で包んでいく――――。 うわぁ! 思わず顔を覆うクレア。 ゴゴゴゴゴ! 城壁の時とは比較にならないすさまじい轟音と地鳴り。分厚い壁の群れが一気に大空目がけ|迫《せ》り上がっていく。「行っけー!」 タケルはこぶしを突き上げ、叫んだ。 まるで地震のように下腹部に響く地鳴りの中、クレアは手を組み、薄目を開けて心配そうにどんどん高く|聳《そび》えていく光の壁の群れを見守った。 壁は五十メートルを超え、百メートルを超え、太陽を覆い隠しながら百五十メートルくらいまで育つとその成長を止め、光を失い、純白の素地を
はぁっ!? 翌朝、画面を埋め尽くしていたゴーレムからのワーニングメッセージに、タケルはつい大声を出してしまった。なんとゴーレムが半数に減っていたのだ。 慌てて壊れたゴーレムのカメラの録画映像をチェックすると、そこにはたくさんの魔物との死闘が映っていた。剣を持った|小鬼《ゴブリン》に槍を振り回すリザードマン、そして巨大な赤鬼が丸太のような棍棒をゴーレムに振り下ろしている。 ゴーレムは火炎放射器で対抗し、次々と魔物を焼き殺していたが、数で押され、半数を失う結果となった。 ゴーレムは魔石を使うだけでいつでも呼び出せる召喚獣だ。魔石鉱山を持つタケルからしたら損失と言えるほどのものではない。しかし、自らの生命さえも顧みない魔物たちの猛攻は、まさに理性を失った暴動。それはタケルに肌を這うような恐怖を引き起こし、心の奥に深い震えを与えた。 タケルは熱々のコーヒーを口に運び、その苦味で不安を払おうとする。しかし、心の奥底に潜む、理屈ではない恐れ――これからの対魔王戦に潜む予測不能なリスクは、彼の脳裏からいつまでも離れなかった。 ◇ タケルは基地の周りに城壁を築くことを優先しようと決め、近くに魔物がいないことを確認した上で大量の石のプレートを現地に持ち込んだ。「タケルさん、こんな石の板でどうするんですか?」 クレアが不思議そうに尋ねる。「ふふっ、見ててごらん」 タケルは小川の流れなどを考慮し、なるべく稜線を通るように城壁建設位置を決め、石のプレートを並べていった。穏やかな起伏の続く焼け野原に白い石のラインが描かれていく。「なんだか綺麗ですね……」 甲斐甲斐しくタケルを手伝っていたクレアは顔を上げ、額の汗を拭きながら言った。「とりあえずこの辺りで一度テストしよう」 タケルは青いウィンドウを開くと石のプレートに一気にコードを書き込んでいった。 ヴゥンという音が響き、プレートに次々と黄色い魔法陣が浮かび上がっていく。タケルは全てのプレートに魔法陣が起動しているのを
「はぁ、まぁ、お主のうなる金注ぎ込めば、できんことはなかろうが……、人はこんな魔王軍の近くには来たがらんじゃろ?」「だからまず魔王軍を|殲滅《せんめつ》するんだよ」「殲滅ぅ!? マジか!?」 ネヴィアは青緑色の目を真ん丸にして驚いた。「マジもマジ、大マジよ。アニメでも魔王は滅ぼされる運命だろ?」「アニメと現実を一緒にすんな! ふぅ。まずはお手並み拝見じゃな」 ネヴィアは肩をすくめた。「そしたら、ちょっと、うちの倉庫に繋げて」「え? 何するんじゃ?」「何って、基地を作るって言ったじゃん」 タケルは嬉しそうにパンパンとネヴィアの肩を叩く。「今からか?」「そうだよ。早く!」「はぁ、人使いの荒いやつじゃ。ちゃんと金は払ってもらうからな」 ネヴィアは渋い顔をしながらツーっと指先で空間を裂いた。 ◇ 倉庫からガラガラとカートを引っ張ってきて草原に持ち出してきたタケルは、雑草を押し倒しながら石のプレートを並べていく。「何をするんじゃ?」 怪訝そうなネヴィア。「まぁ見ててよ」 タケルは六畳くらいの広さになったプレートの上に魔石を転がすと、ITスキルのウィンドウを開き、コードを起動する。 直後、プレート上に黄色い巨大な魔法陣が展開して中の幾何学模様がクルクルと回った。「おぉ、なんじゃ、これは見事な……」 いきなり発動した大魔法にネヴィアは目を見張る。「来いっ!」 タケルの掛け声と共に魔法陣の中央部からゴーレムの頭がせり上がってきた。「ほはぁ、コイツに開発をやらせるって訳じゃな」「人手じゃ無理だからね」 出てきたゴーレムは身長三メートルくらいの大きさで、黄土色のゴツゴツした岩でできており、キラキラと赤く光る小さな丸い眼がかわいらしく見える。
「本当に……ダスクブリンクで良かったの?」 引っ越しの準備を手伝いながら、クレアは眉をひそめ、心配そうにタケルに聞く。「ははは、クレアまでそんなこと聞くのか。あそこはいろいろ都合がいいんだよ」「いや、でも、領土の多くがすでに魔物の侵攻で廃村になってしまってるのよ?」「失われたものは取り返せばいい。僕らにはそのための金も力もある。それにダスクブリンクなら諸外国とも近いから世界の貿易を考えるなら好適なんだよ」 タケルは自信たっぷりに言うが、ワイバーンとの一戦で魔物の恐ろしさを肌身に感じていたクレアは口をとがらせ、うつむく。「タケルさんは本気で魔王軍と戦うつもりなのね……」「今、世界で一番強いのはわが社だからね。四千人の元王国兵、最新魔導兵器、膨大な量の魔石にお金。うちがやらなきゃいけない仕事なんだよ。この大陸から魔物の脅威を取り除かないと」「でも……、魔人たちの標的にされるわ」 アントニオがやられたように、魔人は神出鬼没でいやらしい手を使ってくる。タケルも同じようにやられてしまったらと思うと、クレアには恐ろしくてたまらなかったのだ。「いや、もう標的になってるって。これはもう避けられない戦いなんだ。クレアも手伝ってくれないか?」 タケルはニコッとクレアに笑いかけた。「も、もちろん手伝うわよ! でも……、安全第一でお願いね」「もちろんだよ! 一人も死者を出すことなく完勝する。お金とITのパワーでね!」 タケルはニッコリと笑ったが、クレアは胸騒ぎが止まらず、胸を手で押さえると不安そうにため息をこぼした。 ◇ ダスクブリンクまでネヴィアに空間を繋げてもらったタケルは、ベキベキっと両手で空間を裂いて首を出す。 そこには、さんさんと降り注ぐ陽の光に庭木が輝き、古びた洋館がそびえていた。「おぉ、ここが……。ヨイショっと」
「こ、この野郎! 男らしく正々堂々勝負しやがれ!」 金貨であっという間に形勢を逆転させたタケルにアントニオの怒りは爆発する。「はっはっは。そう言われても武力では勝ち目はありませんからね。とは言え、お相手しないのも納得しないでしょう。ゴレム君一号カモーン!」 広場に魔石がコロコロッと転がって、その周りに黄色い大きな魔法陣が広がった。「な、なんだ……、これは……」 魔法陣の中の幾何学模様がクルクル回り、ルーン文字が躍った。直後、魔法陣がまぶしい閃光を放つと、中心部から何かが召喚されてきた。「こちら、現在研究中のゴーレムです。お手合わせをお願いします」 岩で作られた身長二メートルくらいのゴーレムは胸を張り、グォォォォ! と雄たけびを上げる。「はっ! この程度で俺を止められると思ったか!」 アントニオは剣を握り締めて筋肉をパンプアップさせるとウォォォォ! と吠えた。直後、王剣は真紅に輝き、まるで炎のような魔力がブワッと立ち上る。「死ねぃ!」 アントニオは俊足でゴーレムに迫ると剣を一気に振り下ろした。 ズガーン! という重機が放つような重低音が響き渡り、ゴーレムは粉々に砕け散った。「おぉ! これは凄い。もはや人間技ではないですね」 パチパチパチとタケルは拍手をする。「どうだ? 俺一人でもお前らを破滅させてやる!」 アントニオは肩で息をしながら、剣で大画面内のタケルを指した。「休む暇はないですよ、それではゴレム君二号カモーン!」 さっきより一回り大きな魔石が広場にコロリと転がり、ヴゥンと魔法陣が展開される。「な、なんだと……。貴様、まだやるのか?」 召喚されて出てきたのは一回り大きなゴーレム、身長は二メートル半はあるだろうか。「少し大きくなったからと言って結果は変わらん!」 アントニオは再度剣を輝かせてゴーレムに突進する。しかし、今度は一撃とは
「者ども、止まれぃ!」 Orangeパークの巨大なビル前の広場にやってきたアントニオは、いつの間にかできていたビルを囲む高い石の壁をにらみ、忌々しそうに声をあげた。 ジェラルド陣営側もこうなることを予見して布石を打っていたということだろう。 整列させられた歩兵たちの荒い息遣いが広場に響いた。「やぁやぁ皆さん、朝早くからご苦労さん!」 ジェラルドの声が広場に響き渡る。 見上げればOrangeパークビルの中ほどに設けられた巨大スクリーンの中で、ジェラルドがにこやかに笑っていた。「貴様! 父上殺害の重大犯罪人がいけしゃあしゃあと何を言っておるか!」 アントニオは剣をスクリーンに向け、吠えた。「私は昨晩は自分の寝殿におりました。では、ここで父上が殺害された時の監視カメラの映像を見てみましょう」 大画面に映し出されたのは寝殿の入り口で警備兵が警備しているシーンだった。「今朝の未明四時二十三分の映像です。この時点では何の異状も見られませんね。ところが、見て下さい。一人の大男がやってきました……。あっ! いきなり惨殺!」 おぉぉぉぉ……。 兵士たちに動揺が走る。「今のシーン拡大しますよ。見て下さい、どこかで見た事ありませんか? この大男? あれぇ? アントニオじゃないですかぁ! この直後父上は殺された。誰がやったかだなんて子供でも分かりますよね?」「な、なんだこの映像は! こんなのは知らん! 捏造、そう、捏造だ!!」「これは王宮警備システムで撮影、管理しているものであって、王宮でそのまま見ることができます。我々はもらっただけですよ? くふふふ……」 ざわつく兵士たち。もし、これが本当であれば、アントニオは国王殺しの重犯罪人。そうであれば、その指示に従って攻めた自分たちには正義はないのだ。「ふん! 誰が殺したかなど関係ない! 要は強いものが統べるのだ! 尋常に勝負しろ!!」 アントニオは意に介さ







